Wednesday, November 30, 2005

多難な運動は、バラの道によって人類を解放させないのである。前衛としての知識人の負う艱苦、犠牲は運動の退潮期には猛烈であるから、一般的敗北の跡の検討ということは、冷静に、確乎性をもって歴史的な眼から行われ難い。船が難破しかかったとき、最後にその船を転覆させて自分たちの命もすてさせてしまうのは、舷の傾いた方へ我を失って塊りすがりつく未訓練な乗客の重量である。その通りのことが生じて来る。批判は発展的にされず、対比的にされる。ああではない、だからこう、と、一方へぐっと傾く。これまで、民衆を指導するなどと考えていたのは烏滸(おこ)の沙汰である。先ず自分から民衆の一人となって、その日常の内へ入って、しかる後云々ということが、違った形での民衆性へのエキゾチシズム、感傷、自分の意識人としての本質の放棄としてあらわれて来るのである。

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